つらい体験が役に立つから、人生はおもしろい---- 日野原重明医師

  

 シューラー博士は著書『あなたは思いどおりの人になれる』(産能大学出版部刊)の中で、以下のように記している。
 仕事の成功とか個人的な目標を達成することよりももっと重要なことは、その過程においてあなたが身につける性格である。心の底で誰もが、健全な自尊心ある人になることを求めているはずなのだ。
 「I・I(私・私)人間」とは、自分の利己的な快感を満足させる人間のことである。なにか意思決定をしなければならない立場に立たされると、このような人はつぎのように質問する。「それから私はなにを得られるだろうか?」このような人間にとっては、他人がそれを好むかどうか、他人がそのために助かるかどうか、他人がそのために傷つくかどうかといったことは問題でない。その価値体系を一言で要約するならば、「私は自分のしたいことを、したいときに、したいようなやり方でやる」ということである。ほとんどの人がこのような「アイ・アイ人間」になる傾向がある。
 「I・It(私・それ)人間」は第一に物質に強い関心をもっている。彼らは物質のなかに感情的充実を見いだす。このような人は、「喜びがほしいって?それならなにか新しいものを手に入れなさい」と言う。このような人々にとっては、他人は希望、感情、夢をもった個人ではなく、それで遊ぶための玩具、用いるための道具、買うための財宝、あるいは投げ捨てるためのがらくたになってしまうのだ。このような人は本当に愛することがない。
 他の人々と人間としてつきあう人は「I・You(私・あなた)人間」である。このような人は、他の人々を、夢や欲望や精神的苦痛や欲求をもった人間としてみる。「アイ・ユー人間」となってはじめてわれわれは、動物から人間のレベルへと移っていくのである。「アイ・ユー人間」になるためには、その人の心のなかでの深い精神革命が必要である。使徒パウロは、「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」(コリント第二5:17)と書いている。聖霊が人の魂に入ることで、誰もが新しい人間になれるのである。(聖霊の働き:1)罪を自覚させる、2)救い主を分からせる、3)生活を実際に導く。)
 「I・Him(キリスト)人間」になりなさい。キリストに身をささげなさい。キリストの精神をあなたの人格のなかにもちこみなさい。そのようなことをする自分自身を愛するようになるだろう。そのようになって初めて私たちは、自分が本当になりたいと思う人になれるのである。
 二度としたくないという 
 つらい体験が役に立つから 
 人生はおもしろい
 こう記しているのは、クリスチャン医師の日野原重明先生である。大学病院に残り、教授になることを目指していた日野原先生は、医学部1年生の終わりに結核にかかり休学、エリートコースから外れる。その体験は、本当に辛いものだったが、臨床医となって患者の辛さが分かる医師となれた。「その経験がなければ、今の僕はなかったと思うのです。つまり、人生には、どんなつらいことがあっても決して無駄な経験など一つもない、ということを強調したいのです」と先生は言う。例えば、病気で寝返りも打てずに長い間横になっていると、床ずれを起こしたり、腰が痛んだり、大変つらいものだということも身をもって体験しておられる。だから、回診するときは、横になっている患者さんの腰の下に手を入れて、少し浮かせてあげたりするのだという。すると、患者さんはとても楽になると喜んでくれる。もし床ずれのことを医学の教科書だけで知ったとしたら、こんな患者さんの苦しみには思い至らなかったのではないかと思うと言われるのだ。結核によって人生の航海で座礁したことで、日野原先生もI-You人間になれたということになる。
 その著書『今日の「いのち」のつかい方』(主婦の友社)の中で先生は、欲望ではなく、夢を持ち続ける大切さを語っておられる。例えば先生は、平均年齢78.5歳の老人とスローピッチのソフトボールチームをつくって、世界大会を開催している。先生自身も代打でバッターボックスに立って打つこともあるという。それは、少年の頃、野球選手になりたいと思ったものの、当時日本の多くの家庭がそうだったが、牧師家庭だったこともあり、スパイクシューズを買ってもらうお金がなくて、あきらめたのだった。その夢を90歳を過ぎてから実現したのだ。また、80歳のとき読んだ子どものための絵本『葉っぱのフレディ---- いのちの旅』を脚色して、ミュージカルをつくり、昔医師だった老哲学者の役を先生が演じた。92歳にして俳優デビューも果たされた。
 歌手を目指していたけれど22歳になり、どこかに就職しなければならないとしても、歌が好きなら仕事をしながら歌いつづければいいのだ。歌が得意なら、自分の職場、老人ホームや小学校で歌のレッスンをしてあげることもできる。「あなたの歌が人の役にたつなら本望ではありませんか。それでは、満足できないという人は、そういう生活をしてみたいという欲望にすぎないのでず。たいていの人が悩むときや苦しいときは、ように欲望を燃やしているときが多いものです」と日野原先生は言う。(1911年10月4日生まれ、今年100歳)
 「有名になりたい」「お金持ちになりたい」「尊敬されたい」「愛されたい」という「欲望」にはきりがない。そうではなく、「人の役にたちたい」「幸せにしてあげたい」「元気にしてあげたい」「喜ぶ笑顔が見たい」そう思えたときから、幸せな人生は始まるのだ。     
 日野原重明『今日の「いのち」のつかい方』(主婦の友社)より

御翼2011年9月号その4より

  
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